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オレのかだらは炒飯でできている。 炒飯はつづく・・・。
月別ログ_2015年01月分
おはよ (2015/01/30)



cyclamen

〆はあんかけ炒飯 (2015/01/27)


さぶいときは これや

もーそろそろとおもちぁあったやろ(笑)

くわしく見るどー

犬鳴山の滝 その四 行者の滝 (2015/01/22)












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七瀧に心きよめて 不動尊

 祈る願いの 叶わぬはなし


犬鳴山の滝 その三 塔の滝 (2015/01/20)











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これが塔の滝名の由来だろうか

階段状に岩が重なり 流れ落ちるその姿は

まさしく流麗でありました

犬鳴山の滝 その二 両界の滝 (2015/01/19)











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水の流れによって長年にわたり
削り取られた岩肌と滝壺

悠久の時の流れを感じます

犬鳴山の滝 その一 (2015/01/19)











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犬鳴山の義犬伝説

宇多天皇(889〜898)の寛平二年(890年)三月、紀伊の猟師が犬を連れて、当山の行場「蛇腹」附近で一匹の鹿を追っていました。猟師の傍の大樹に大蛇がいて、猟師を狙っていましたが、猟師はそれに気づかず弓をつがえ、鹿に狙いを定めて射ようとしたとき、猟師の犬は愛犬は急にけたたましく吠えだしまし た。犬の鳴声におどろいた鹿は逃げてしまい、獲物を失った猟師は怒って、腰の山刀で吠え続ける愛犬の首に切りつけました。犬は切られながらも大蛇めがけて 飛び上がり、大蛇の頭に噛みつき、猟師を助けて大蛇と共に倒れました。
事の意外さを知った猟師は、自分の命を救って死んだ愛犬の死骸をねんごろに葬り、弓を折って卒塔婆とし、そして七宝瀧寺に入って僧となり、永く愛犬の菩提を弔いつつ、安らかに余生をすごしたと語り伝えられています。
この話を聞いた宇多天皇は「報恩の義犬よ」と賞し、「一乗鈴杵ヶ岳(一乗山、鈴杵ヶ岳とも)」を改め「犬鳴山」と勅号を与えたと伝えられています。

-犬鳴山七宝瀧寺 HPより

うえだ@泉佐野駅前 (2015/01/17)


駅前食堂

くわしく見るどー

かまぼこ 石原商店 (2015/01/16)


くわしく見るどー

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